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構想30年?30年間考えたほどのアイデアが見当たらない

 長大な3冊に渡る物語でも集中力が途切れることなく、前評判通りとても面白く引き込まれた。よく描けたドラマだ。しかし、日本SF大賞を受賞したということも読む一つのキッカケだったが、これがSFかと問われれば甚だ疑問だ。体裁はSFだが「呪力」があまりにも万能すぎるし無限大の力の根拠が曖昧すぎる。SFというならウソっぱちでもいいから何らかの科学的な拠り所が欲しかった。そこになんのアイデアも置いていないことに大きな不満を感じた。構想30年というわりに、30年前のジュブナイルと本質的な違いはなかった。
 大御所アーサー・C・クラークの名言に「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」というものがあるが、この作品の重要なテーマ「呪力」には科学的な説明はなく、ある日突然一部の人間に発生したという歴史だけ。それじゃ「X-MEN」のミュータントと何ら違いはない。SFというよりファンタジーかお伽話だ。
 似たような和風の世界設定に超能力を駆使した戦いを描く半村良の「産霊山秘録」と読み比べて欲しい。同じように荒唐無稽な超能力を使った描写でも、一個の人間の思念によって「PK」を発揮することがどれほど大きな負担になるかということをちゃんと表現している。SFであるからには、どんなにあり得ない「PK」を発揮しても物理法則が発動者自身に返ってくるようなリアリズムが欲しいということだ。そうでなければ「PK」を発動する新しい科学的なアイデア(=言い訳)が必要だ。
 この辺りは昨今のアニメの悪い影響があるとしか言いようがない。なんか適当にそれらしい名前をつけた「力」があれば気力だけで物理法則を無視した現象をいとも簡単に起こしてしまう。「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」ならSFだが、科学と関係がないのであれば、それはただの「魔法」でお伽話の世界だ。
 日本というよりアジア圏の人間はどうしてこうSF的な発想が下手なんだろう。これは世界のSF市場ではたぶん評価されない。面白くないのではなく本格的なSF作品ではない。SFとしてのアイデアがライトノベルの域を出ていない。今SF小説で超能力バトルを描くなら、ちゃんと新しい言い訳を考えておいて欲しかった。物凄い「PK」が実現するのであれば「もしかしたら超能力が生まれるかも知れない」と思わせてくれるような根拠を、ウソでもいいから設定して欲しかったというのが感想。
 これなら同じように文明崩壊後の未来を描く漫画「風の谷のナウシカ」の方がよほど本格的SFと言える(映画ではなく漫画全巻)。全3冊が無駄に厚いとは思わないが、多数の人が賞賛するほどに濃い世界観とは感じなかった。「呪力」を抜きにすれば、上田早夕里の短編集「魚舟・獣舟」に描かれた未来世界の方がよりグロテスクでリアルな恐怖感があった。

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